【まだ「夏目漱石」】
2005年 05月 20日
半藤末利子さん(漱石の長女筆子と松岡譲の娘さん)によれば、母上の筆子さんやすぐ下の妹の恒子さんにとっての子ども時代の漱石は精神状態が不安定で大変怖ろしい存在だったようです。もっと下の弟妹の頃には安定していたので、残った記憶も全然違うとか、、、悪妻と周囲で陰口をたたかれた鏡子夫人も、長女次女が幼い頃には庭に投げ飛ばされそうになる我が子を守るのに精一杯だったそうです。文豪の家族もなかなか大変な時があったよう、、
小学生の頃にこども版の「坊ちゃん」を読んで面白かったのを思い出し、中学2年の時に文庫の「吾輩は猫である」を買いました。ところが、昔のことなので旧仮名遣いのままなのです。いきなり「兎に角」が出てきます。「なに?このウサギ?」やたらとウサギが出てくるので面食らう私。「とにかく」と読むとわかったのはしばらくたってからでした。兎に角この調子であて字が山のように出てくるのでロクにストーリーも追えません。とうとういやになってあきらめ、本箱の奥深く納めてしまいました。
高校生になってふと思い立ちもう1度手に取ると、さすが年の功(?)なのか中学生の時よりはひっかからずに読み進めます。読めるとなると面白い。兎に角面白くてゲラゲラ笑い尽くめでした。中でも「手紙」が気に入ってしまい、これを使ってイタズラが出来るかな?と思いつきました。そのまま便箋にまる写しをして、仲良しの友人に切手を貼って出したのです。友人にしたところで、「猫」位読んでいるだろうし、私の筆跡でわかるだろうからきっと大笑いしてくれることを期待していました。
ところが・・・
2~3日後、
「ねぇ~え~・・・私のところにヘンな手紙が来たのよ・・」とヒソヒソ。
「え!」(心の中でギョ・・)
「ちょっと見てくれる~?差出人の名前もないし、とにかく変な内容なのよ」
もちろん、私が彼女に出した手紙です。
しょうがないので、説明をしました。
「これ、猫の中の手紙を丸写ししたのよ~・・・わからなかったぁ~?」
「わからないわよ!字もあなたのいつもの字と違うじゃないの!!」
なんだか真剣に怒られてしまいました。
心の中で「なんかジョーダンの通じない女だなぁ~・・」と舌打ちしたものの、あんなヘンテコリンな手紙が届いたらそりゃびっくりはするかもしれません。
謝ってもまだ怒っていましたが、いくら大家の小説の丸写しでもやたらと他人に出しては後がまずいと思い知ったので(「先生に相談しようかと思ってたのよ!」と言われてしまった。)それからは手紙は自分の文章で書くことに致しました。
どんな内容の手紙だったかは、憶えていません。
もう一度「猫」を読み返して探す気力も、最早ありません。
夏目漱石さんの文はスゴイなぁと思います。完璧です。
明治の文豪は本当に文豪です。
落ち着いている時は本当にいいお父さんだったようですが、不安定な時は大変だったようです。私が奥さんじゃなくて良かったです。きっとすぐ逃げ出すでしょうから、・・・
今は新仮名で読めるので漱石を読むのもスイスイですが、あれが旧仮名だと、私は引きます・・
文豪は書かれる字も美しく、明治の人は偉大だと思います。
>いいエピソード ・・・・というか私の昔のおバカな女学生時代のバカ話ですが。漱石先生も斯様な使われ方をされて、草葉の蔭であきれられていることでしょう。
lanovaさんの少女時代は真面目な文学少女だったのですね。そこから今のエネルギッシュな前向きの姿勢が生まれてきたわけです。納得できます。
夏目漱石ゆかりのお店がたくさん紹介されていて、楽しかったですねー。
一番身近なのは、森八のお菓子ですねー。
よく食べます。
「猫」は、内容はあんまり覚えてないけど、最後に「猫」がどうなったかだけは、鮮明に覚えてます。
あーれー!ってな最後でしたね。
鎌倉の展示会では漱石の小説に出てくるゆかりの「お寺」は書いてありましたが、、、(お寺じゃ食べられないし)
坊ちゃんのばあやの好物の越後の笹団子なんぞでしょうか?森八以外は?本屋さんで立ち読みしてみましょ!(*^^*)
「猫」の最後ってちょっと可哀そうでしたね。
あまりにあっけなかったですよね。
一応、日本三大銘菓だし(苦笑)
漱石先生は金沢のお菓子をすごく褒めていますね。
東京では手に入らない上品な味だって、、
実は好きなのは犬で猫ではなかったなど色々あって面白かったです。
猫は名無しだけれど、犬には名前をつけたって~・・