【岐阜城】ロープウェイから岐阜城までの道のり
2017年 10月 30日
金華山ロープウェイを下りると、目の前にあるのはリス村でして、お城はまだ少し先になります。
杖の貸し出しがあったので、うううむ、、と、ちょっと悩む←ということは結構険しい道なの?
な~~~んにも考えない夫が先に行ってしまったので、杖は借りずに出ましたが、後のことを思うと、借りておけば良かったと思いました。杖があるところは借りるに如かずであります。
サイトです: 金華山ロープウェイ(岐阜城)
国内ランキング
第一の門だって。第百まであったらどうしよう(笑)
ストリートビューで予習をしたのですが、山の中なのでよくわからず、航空写真を見ても樹木が茂っているだけです。ううう~~~む、、
第一というのは、天下取りを決意した場所とかそんな意味なのね。
決意してくぐりました(笑)
行く先々に色々な説明版が立っていますから、一休みがてら写真を撮ったり読んだりしました。
何もないとただひたすら歩くだけですから退屈よね。
てくてく
説明板
岐阜城の城主一覧の立て看板(じゃないよ)
斎藤道三から娘婿の織田信長へと引き継がれます。
あげたわけじゃなくて、勿論戦で勝ち取った戦国時代です。
岐阜城の歴史 その①
てくてくてく
色々と説明板はあるのですが、写真を撮るだけです。
夫がさっさと行ってしまったので、ゆっくり眺めるヒマがありません。
てくてくてくてく
ようやくお城が見えました。
はぁ~~~
道三の頃は稲葉山城で、信長が当地を岐阜と命名したのだそうです。
伊達政宗が仙台と名付けたようなものなのかな~
岐阜城の歴史その②
お城を目指して階段を上ります
この辺りまで来ると、必死。
ひーこらへーこらとはーはー言いながら登りました。
木々の間から長良川がちらりと見えました。
金華山という山ですので、登山道もございます。
歩いて下りる方もあるのでしょうね。当方は出来ません。
ロープウェイも往復チケットを買いました!!
おおおおおお~~~
航空写真のよう
ホテルも見えます
岐阜城の歴史 その③
お城ですよ~~~
終点です。
お城の前の広場です。広くないけれど。山の中なので平な場所も厳しいようです。
織田木瓜のご紋入りの幕をくぐりお城に入場です。200円也、チーン
関ケ原の戦で負けちゃったから、江戸時代は廃城でなかったお城です。
昭和の建築なので、見学も上に上がる階段もらくちんでした。やれやれ。
お城までは大変だったけれど、中は楽々なので助かりました。
昔のお城ですと、階段というより、はしごのような急な階段で、怖いですから。
宇和島城なんて、お城まで行くのが大変なんてもんじゃなくてヒーコラなのに、お城の中の階段が怖ろしすぎて2階までしか上がれませんでした。
上に上がる階段も楽勝らっくらく~~
昭和はいいわ
2階の窓からの眺めです。
隙間から覗くの図
信長さま
信長の紋は木瓜だけでなく全部で7つもあったそうですが、永楽通宝の紋もあるのよね。
天下布武の印だそうです
あと、色々な展示物です
そしてようやく一番上の階に上がりました。
ここは外に出て景色を眺めることができます。
絶景かな~~~!!!
展望のよい地点で私も写真を撮りました。
それにしてもこういう立て札が立ってたのには全然気がつきませんでした。
最後のお城の中の階段がトドメのようにキツかったです。
ほんまもんの昔ながらのお城ってほんと階段恐いですよね。殿様も若いうちだけしか天守閣には上れませんぜ。
犬山城の階段はすごかった。
えへへ(^◇^)
いつも沢山ですみません。整理整頓が苦手でして、え~~い!
全部のせちゃおう←いつもこれで、お腹いっぱい写真になってしまいます、、
山道をお城まで歩くのは結構きつかったです。
夫もヒーヒー言って私を置き去りにしました。。。
>階段 今時でしたらエレベーターはつけるのでしょうが
昭和31年ですと、無理でしょうね。
昭和のバリアフルなお城でしたね、、
でも、戦国時代よりはまし(笑)