
初代の緑ラインの東北新幹線の車両です。
200系とかいうそうです(知らなかった)

この緑色を見ると「やまびこ」という名前が頭に浮かびます。
今は遅い特急の名前になったけれど、最初は速達便でしたよね?
違ったっけ?

中を見学できました。

緑の200系


乗務員室は見学出来ませんが、

奥さん!!
こういう切符を持っていると、特別に見せてもらえるそうです。
西瓜使ったんじゃ見られないのだ~~~~

わかんないけれど、懐かしい雰囲気が~~~
(東北新幹線が開通したのは結婚後なのですが、この緑色に乗ったことがあるのかないのか、はっきりと思い出せません。情けない)

東海道はブルーでしたが、東北はグレイだったのね。
椅子の色のことです。


なんとなく覚えているのは、速度が速いせいなのか、耳がツーンとなることが多かったような、、
耳痛新幹線でした(笑)

次にあさかぜが目に止まりました。
いわゆるブルートレインですね。
ブルートレインというのは、寝台車全体の愛称ではなくて、

九州に行く用事がなかったので、子どもの頃の憧れのあさかぜでした。
ほかにも、さくら、ふじ、はやぶさ、みずほとブルトレは沢山ありましたが、あさかぜが一番豪華な寝台特急で、個室寝台があったのよ。
乗ってみたくて乗ってみたくて、いつも時刻表の後ろのイラストページを眺めてため息をついていました。
結局日本では乗る機会がなく、ベニスからウィーンに行く時に古臭いワゴンリーの寝台特急の2人個室にミドリさんと乗ったきりであります。
あとはサンライズのツインに娘と坂出だったかしら?乗ったかな?
あ、そうだ!!
修学旅行を忘れていました。中学の時は盛岡ー上野、高校は別府ー横浜とB寝台に乗りました。
九州行きのブルーの車体と書いたけれど、東北方面の寝台車だってブルーだったわよね。
ということで、九州行きとは限らず、車体が青いのがブルートレイン(コラ!)


最後の頃はB寝台(2等寝台)も2段になっていましたが、昔は蚕棚と呼ばれる3段でした。
狭い頭はつかえる、で、むむむ、だったけれど、椅子で過ごすよりはいくらかましでした。

時間が来るとボーイさん(百閒先生はボイと書いていました)が寝台を作ったり、戻したりしてくれます。

中段がなくなると、頭がつかえない(笑)

確か寝台車には☆が1つ2つ3つとあったのじゃなかったかしら?

あさかぜに乗りたかったよ~~
確か最盛期はあさかぜ1号2号3号と3つ位あったような記憶があります。
記憶って時刻表の記憶ね(笑)

こちらは戦前の「富士」です

下関行きです。下関から関釜航路で半島まで行けたようです。今もフェリーがあるか~~


昔の列車には展望車がついていたそうで(見たことないし)今よりずっと豪華版です

天井も素晴らしいわ

カタカナのイはイロハのイで、一等車の意味です。
我々が普段乗るハの字は3等車のハなのだ

戦後このような豪華列車はなくなり、ロが一番になってしまひますた。
で、まだまだあります。しばんし駅もあるし、御料車もあるし、で、いつまでも終わりません。