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【大船といえば松竹大船撮影所だった戦前】

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鎌倉らしさなんて一切なし…でも住むなら断然「大船」の理由
5/24(日) 11:00配信
幻冬舎ゴールドオンライン
どこの街に住むかの選択は、仕事やプライベートに大きな影響を与える。さらに家賃が家計支出の大きなウェイトを占めることを考えると、居住地は資産形成までも左右するといえる。総合的に考えて住みやすい街はどこなのだろうか? 20代後半から30代前半の単身会社員の住み心地を考えていこう。今回取り上げるのは、JR京浜東北線、東海道線、湘南モノレールなどが乗り入れる「大船」駅。

観音様が見守る「大船」鎌倉ブランドは関係なし?

実はこちらの観音様、胸部から下はありません。

「大船」駅は、神奈川県鎌倉市に位置し、京浜東北線や東海道線、横須賀線などJRの各線と、湘南モノレールの接続駅です。横浜市と鎌倉市の境界にあり、駅の一部は横浜市になります。JR駅の1日の乗車人数は10万人弱、湘南モノレールの乗降車数は3万人弱です。

大船という地名の由来は、昔、粟積み船が出入りしていたため、「粟船」と書いて「おおふな」と読んだと伝えられています。

鉄道が開業すると、交通の要所として発展。三菱電機や資生堂、芝浦メカトロニクスなどの工場が立地し工場地域としての顔を持つようになりました。また戦前、松竹の撮影所が蒲田から移り、さまざまな作品がこの地から生まれました。映画関係者が付近に住居を構えたことから、住宅地としても人気が高まったといいます。1990年代に撮影所は閉鎖され、その跡地は鎌倉女子大学大船キャンパスになっています。

もう一つ、大船で印象深いできごとが、「ドリーム交通モノレール大船線」。1964年、横浜市戸塚区に開園した遊園地「横浜ドリームランド」への利便性を図ることに開業したモノレールです。しかし開業後、車両や橋脚などに問題が見つかり、わずか1年強で休止。そのまま一度も再開せず、2003年に正式に廃止されたという、幻のモノレールです。ちなみに「横浜ドリームランド」も2002年に閉園しており、跡地には横浜薬科大学や俣野公園、市営墓地などが作られています。


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【大船といえば松竹大船撮影所だった戦前】_b0009849_13113214.jpeg【大船といえば松竹大船撮影所だった戦前】_b0009849_13115275.jpeg15年前のお正月に訪ねたきりの観音様












東海道線の大船駅といえば聳え立つ純白の観音さまを思い出します。
昼間はいいのですが、夜空にぽっかりと浮かぶ時間帯には

ひたすら怖い、、、、、🤣
白過ぎて不気味、、、、

有難いというよりも怖ろしい存在だったのは、内緒です。


映画が斜陽になって幾久しいのですが、まだ傾き始め30度位の時に、松竹の撮影所を見学したことがあります。映画村じゃないので、一般公開はされておらず、同級生の父上が勤めていた関係で中に入ることが出来たのです。
友人数人付き添いのお母さん達数人。
記憶は全くといってありませんし、その当時邦画に関心がなかったせいもあります。
単なる社会見学に過ぎませんでしたが、見学したという事実だけが記憶に残りました。


あの頃憧れていたのは、リバイバル上映された「ローマの休日」の、オードリー・ヘプバーンの王女さまだったから🤣🤗


そもそも、蒲田だの大船だのと、松竹の撮影所にはさっぱりでして、蒲田が先でその後大船に越したのね。蒲田行進曲という映画を思い出します。

有難いことにユーチューブに昔の松竹映画を上げて下さる方がいて、あれこれ見ることができました。どうもDVDになっている物のようで貼り付けはやめておきます。消されたら見られなくなるものね。

松竹のタイトルバックというの?、ロゴも色々あり、年代で変わるのも初めて知りました。
直近で見始めたのは、新女性問答という1939年の大船映画で、若い三宅邦子が出ていました。戦前からの女優さんだったのかと、生まれる前は知らないので驚愕するばかりです。


そのほかにも、林長二郎(長谷川一夫)の映画などもあり、驚愕驚愕驚愕🤣

戦後間もない頃の映画ですと、テレビで見たこともあると思いますが、流石に戦前のものはテレビ放送はなかったと思います。記憶にありません。



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戦前の法服の胸元の刺繍は奥さまが夜なべでされることもあったそうです。

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で、戦前の昭和14年の映画ですが、大変モダンな場面もあり、まだ平和で普通の暮らしが出来ていたことに当然ながら感動したりする訳です。特に言葉遣いが上品で美しく同じ日本かと思うほどです。
生きていて良かった。ユーチューブのお陰で昔の日本の様子を見られて本当に良かったとしみじみする令和のアフターコロナ第1部


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by genova1991 | 2020-05-27 13:36 | TV・DVD・ビデオ・ニュースなど | Trackback | Comments(0)

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